戦場ヶ原 ・ 日光

二日目
奥日光の湯滝から戦場ヶ原へ

☆戦場ヶ原

男体山の噴火で湯川がせき止められてできた湖が湿原化した標高約1400mにある400haの高層湿原
一部はラムサール条約に登録されています

「戦場」と名が付いたのは中禅寺湖をめぐって、男体山と赤城山が戦ったという伝説からだとか

戦場ヶ原展望台から
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戦場ヶ原自然研究路
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日光

☆日光東照宮

現在の主な社殿は1636年3代将軍家光によって建て替えられたもの
国宝8棟  重要文化財34棟を含む55棟

表門(重文)              五重の塔(重文)
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上神庫(重文) 中神庫(重文)
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神厩舎(重文)
ここにいました
神馬を災難、病気から守る「見ざる、言わざる、聞かざる」
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鼓楼(重文) 陽明門(国宝) 
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輪蔵(重文) 鼓楼
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陽明門(国宝)
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東回廊(国宝)と陽明門      眠り猫(国宝)は東回廊潜門の上
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西回廊(国宝)と本地堂(薬師堂)(重文)
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本地堂の天井が鳴き龍
描かれている龍の頭の下で拍子木を打つと、りりりり・・・・~と響きます
位置が少しずれると反応しません

欧米の方が多かったのですが、日本語に続いて、英語だけではなく数か国語で説明していました
入場した時どこの国の人なのかリサーチしているのかな?
今どきのお坊さんは大変!それにすごい!

ここはお寺なので柏手は駄目だと説明され、
ここはお寺なんだぁ~?
神仏分離令により、輪王寺と東照宮が切り離され、輪王寺の管轄に

神輿舎(重文)
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唐門(国宝) 透塀(国宝)
貝殻をすりつぶした故粉で塗られています
奥の御本社は修理中でした
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東照宮と二荒山神社の間は
樹齢400~700年の杉並木
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☆日光二荒山神社

1200年以上前、勝道上人が開いた日光山
二荒山(男体山)が御神体
現在の本社や社殿は1619年2代将軍秀忠によって造営されたもの
鳥居  左に行くと大猷院     拝殿(重文) 
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☆輪王寺大猷院

天台宗
大猷院(家光の法号)の霊廟として
1653年4代将軍家綱が建立(実際は酒井忠勝が指揮)

仁王門(重文) → 二天門(重文) → 夜叉門(重文) → 
唐門(重文) → 拝殿・本殿(国宝) → 皇嘉門(重文)

ちなみに計137の石段です

二天門
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夜叉門と金閣殿(本殿)
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唐門               皇嘉門(奥に家光の廟所)
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日光廟大猷院 拝殿・相の間・本殿(国宝)

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日光を後にして、最初にお届けした三日目の那須岳登山に備えて、那須高原の温泉旅館に向かいました


写真選びに苦労し、ついつい多くなって

長くなりますが、次は四日目です  

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