ラン  森絵都

宗教的なことはよく知らないし、輪廻転生と言われても、よく分からないが、
この作品は作者の死生観としてなんだかすっと入ってきた。

そしたこの作品もまた後味のいいものでした。

13歳の時、両親と弟を交通事故で亡くし、20歳の時一緒に住んでいたおばさんを癌で失い、心を閉ざして生きてきた、性格が良いとは言えない環。
ある日、ただ一人心を許せた自転車やさんにもらった自転車で、レーン越え(下界と冥界の連絡通路を越えて死の世界へ行く)を果たし、家族に会うことができた。

冥界のファーストステージでは前世を洗い流していく。先ずはネガティブな記憶。あとはきれいな思いでだけが残って、それもやがては溶けてしまう。最後にはには自分そのものが溶けていく。自分をかたどっていた性格、特徴、癖   そういったものたちが少しずつ磨りへって、平らかになって、みんなが同じになっていく。個と個の境界がなくなってしまう。そうして溶けきって、見えない蒸気のように下界全体へ、みんなが吸っている空気、喉をうるおす水、心を満たす花、腹を満たす穀物や、そうした全部の中に染みわたる。
そして生まれ変わりを待つ魂の待合所であるセカンドステージへ進むことができる。
下界に心残りがあるとなかなかセカンドステージに進めない。生まれ変われない。

環はあの世の家族に会いに行くことを生きがいにしてた
ところが、自転車を冥界に呼び寄せた本来の持ち主であった自転車やさんの息子に、自転車を返すことになった環は、レーン越えのために40キロを自分の足で走りきらなければ、死後の世界の家族に会えなくなる。
そこで走る事を始めた環が出会ったのがイージーランナーの、例によって一癖も二癖もある、個性的な8人のメンバー。

今いるこの世より、あの世の方がリアルな重みを帯びていた環だったが、
冥界を知り、イージーランナーズと関わることにより、今生きてる世界でわくわくし、ひとを感じることが出来るようになった。

最後にマラソン、走り始めた時
きっと何度も立ちどまりたくなる。あきらめたくなる。逃げたくなる。ありありと目に浮かぶ。
でも、それでも私は立ちどまらない。あきらめない。逃げずに最後まで走るぬけると、今は信じられる。
  だって、彼らがそこにいる。
  ほてった肌をかすめる潮風の中に
  さざめき揺れるさとうきび畑の中に
  足下にきらめく水たまりの中に
  溶けて還った彼らと交わりながら私は走りつづける
  生きつづける

そうだキミもそこにいる
そして私も生きつづけなくては


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